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第二伊那飛行場について

ウィキペディア中島飛行機半田製作所https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E9%A3%9B%E8%A1%8C%E6%A9%9F%E5%8D%8A%E7%94%B0%E8%A3%BD%E4%BD%9C%E6%89%80#.E5.8D.8A.E7.94.B0.E8.A3.BD.E4.BD.9C.E6.89.80.E3.81.AE.E7.96.8E.E9.96.8B半田製作所の疎開政府の勧めにより1944年12月には半田製作所の疎開が計画されたが、1945年7月より前には空襲がなかったことから警戒心も生まれず、実際の疎開措置は終戦までの間、大規模...

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野辺山基地跡③(野辺山駅前の石碑)

駅前の石碑の位置こりゃまた、教会の様なファンシーチックな駅舎ですなぁ~♪え~っと、石碑は・・・・・・・スタスタテクテク・・・・・・・(´・∀・`)ヘー 最高地点駅なのかぁ・・・・んー あれかなぁ?スタスタテクテク・・・・・( ´⊿`)y-~~(*・ω・)-ω-)・ω・)-ω-)ゥィゥィ♪美保空滋賀空小松空浦戸空土浦空鹿児島空松山空そして三重空[壁]ω-)ジー・・・・・・・・・・・・・・・・碑文昭和五年 航空機搭乗員の養成は若き俊才の特別教育によ...

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野辺山基地跡②(野辺山宇宙電波観測所と丸山)

では、基地跡を見てみましょう♪現在は「野辺山宇宙電波観測所」になっており、見学ができるのです♪♪ワクo(´∇`*o)(o*´∇`)oワク 電波観測所と聞くと、どーしても カール・セーガンの「パイオニア10号の金属プレート」とか、チルボルトンの図形とかが真っ先に思い浮かんじゃいます♪♪え~っと・・・・・・おじさん、腕時計なんてして無いしぃ~携帯なんて車の中だしぃ~現在時刻なんて、今何時?状態だしぃ~まだ、明るいしぃ~って...

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野辺山基地跡①(滑空訓練場跡の石碑)

標高1,345m・・・・JRの駅の中で標高が高い位置にある駅、野辺山駅。その駅から南へ1.3kmの処に、かつて、秋水操縦員の訓練基地がありました。野辺山基地です。「等身大の予科練」という本に、元隊員(乙20期)の方の回顧録が載っていますので引用します。m(_ _;)m等身大の予科練(常陽新聞社、2002年10月18日発行)P159~161最後の特攻兵器はロケット戦闘機「秋水」 「本土防衛制空隊」として、三...

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赤砂飛行場跡②(日本側資料編)

やってきました、下諏訪町立図書館でやんす♪♪ネット調査による事前情報では、町の広報(2011年8月号P14)に「語り継いで しもすわ」という特集に、赤砂飛行場の面白い話が載っておりますが・・・・その注釈に赤砂飛行場については「よせなべ随筆」に詳しく書かれているとの一文がありました。(*・ω・)-ω-)・ω・)-ω-)ゥィゥィ♪という訳で、「よせなべ随筆」のコピーをしにやってきたのです・・・・(;^ω^)よせなべ随筆 (小林収...

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赤砂飛行場跡①(米軍資料編・現地編)

諏訪湖の北岸、下諏訪町の赤砂に、かつて飛行場がありました。この飛行場、黎明期の飛行場で戦時中に消滅してしまったらしく、米軍資料に於いても初期情報しか無く最終情報はありません。 (*・゙・)ウーン…米軍の初期情報国立国会図書館デジタルコレクションTranslation No. 30, 11 January 1945, Airways data: Chubu Chiho (B). Report No. 3-d(28), USSBS Index Section 6http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/4009483↑これの39~4...

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富草防空監視哨跡②

さてさて・・・・・夜が明けて、だいぶ周囲が見える様になりましたので、ジックリと観察しましょうか♪♪(*・ω・)-ω-)・ω・)-ω-)ゥィゥィ♪富草防空監視哨 この地に第二次大戦中、敵味方の航空機の動向を地上から知るための防空監視哨があり、敵機襲来に備え、各家庭等の燈火管制のはじまった頃、昭和十五年(一九四〇年)設置され、責任者の哨長若しくは副哨長と徴兵前(終戦までは徴兵制度あり)の若者六人の二十四時間勤務で勤務形態は二...

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富草防空監視哨跡①(寸法測定)

赤穂防空監視哨から南へ45kmのほどの位置に富草防空監視哨がありました。さすがに道路標識に名古屋方面の案内が出てくると、うわぁ・・・結構、遠くまで来ちゃったなぁ・・・・という感じがしますねぇ。(;^ω^)途中の道の駅で車中泊をし、東の空が少し白み始めた午前5時・・・・活動開始でやんす♪♪さて、この富草の聴音壕ですが、珍しい八角形をしています。(*・ω・)-ω-)・ω・)-ω-)ゥィゥィ♪(*-゙-)ウーン… 八角形・・・・・・・・(*-゙-...

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赤穂防空監視哨の石碑

長野県駒ケ根市、駒ヶ根市立図書館の南側にあるすずらん公園に、防空監視哨の石碑があるそうです。今回の長野・山梨探訪の旅、最遠方である富草に行く通り道にありますので、ちょいと寄り道?してきました・・・(;^ω^)只今の時刻、9月20日の19時過ぎ・・・・・何故か裏側の駐車場に辿り付きました・・・・・・(;^ω^)写真は三脚を使って夜景撮影モードで撮影していますので、むっちゃ明るく写っていますが、実際の明るさは...

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伊那飛行場跡③(営門跡と天恵無窮の石碑)

格納庫基礎の処に建っていた説明板の地図・・・・営門の位置が載ってますねぇ・・・・・ (´・∀・`)ヘーちょいと気になったので行ってみました・・・・・⑪地点  地図とナビを見比べると・・・・・ちょうどここが営門跡・・・・・(´・∀・`)ヘーさて・・・・・・車を停めた、先ほどの場所・・・・・これはこれで、何かの施設跡っぽいコンクリがあるのですが・・・・何のコンクリだか分からなかったので拡大撮影はしていません・・・・です...

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伊那飛行場跡②(開拓碑と遺構)

撮影位置⑧地点に上の原公民館があり、そこに開拓碑が静かに建っていました。碑文は端的に、「昭和二十一年十二月入植シ此ノ地ヲ拓ク」 と刻まれています。短文なれど、その文字には苦難の歴史が読み取れます。 さて・・・・・・・・1ブロック南側の⑨地点・・・・・・ここに、格納庫の基礎が残存していて説明板が建っています。説明板によると、第二格納庫の基礎だそうです。(´・∀・`)ヘーなるほどなぁ・・・・・・じゃ、じっくりと...

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伊那飛行場跡①

長野県伊那市の伊那北駅の東側、天竜川の向こうの台地に、かつて熊谷陸軍飛行学校の伊那分教所がありました・・・・終戦時の焼却処分により、一次資料がほぼ皆無となってしまったため詳細が分からず、地元では長い間「幻の伊那飛行場」と呼ばれていました。伊那路 第50巻第8号(2006年8月)(上伊那郷土研究会、平成十八年八月十日発行)P1~P11補充された陸軍伊那飛行場の歴史 (著者:久保田 誼氏)はじめに 陸軍伊那飛...

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松本(村井)飛行場跡②(石碑と遺構)

撮影位置⑥地点  道路を歩いていると、住宅の間から格納庫基礎が見えます。さて、この残存している格納庫の基礎ですが、どれになるのかと言うと・・・・・丁度、中央にあった格納庫の基礎なのです (*・ω・)-ω-)・ω・)-ω-)ゥィゥィ♪(出典:国土地理院ウェブサイト USA-R1022-5 1948年02月18日を加工)⑦地点には石碑が建っています。 碑文は英語でも書かれていますね・・・・・・(´・∀・`)ヘー(*・ω・)-ω-)・ω・)-ω-)ゥィゥィ♪旧陸軍飛行場 太平洋...

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松本(村井)飛行場跡①

松本市史 第二巻歴史編Ⅲ近代(松本市、平成七年十一月三十日発行)第四章 十五年戦争期の松本市第三節 経済の不況から戦時経済へP870陸軍飛行場の建設 松本市域には、県下最初の飛行場が設置された。大正十四年(一九二五)の一等飛行士長谷川清登が市にはたらきかけ、東筑摩郡松本村笹部に飛行場が設置された。昭和三年には、飛行学生の教育を開始し、のちに神風号でヨーロッパ・アジア間を飛行した飯沼正明などを養成し...

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松本(笹部)飛行場跡

松本市史 第二巻歴史編Ⅲ近代(松本市、平成七年十一月三十日発行)第四章 十五年戦争期の松本市第三節 経済の不況から戦時経済へP858~859 この富士電気株式会社の松本への工場設置のほかに、疎開工場として、株式会社宮田自転車製作所松本工場、石川島芝浦タービン株式会社松本工場などがあった。石川島芝浦タービン株式会社の場合、昭和十七年(一九四二)十月に、松本市長百瀬渡とのあいだに「工場敷地買収等の斡旋...

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三菱重工業/第1製作所 里山辺地下工場跡②(現地編)

撮影位置①地点から東  むっちゃいい天気です♪♪そして、この山が三菱の第一製作所地下工場のある山・・・・・(・ω・;)只今の時刻・・・・9月20日の9時半過ぎ・・・・澄んだ空気と綺麗な川、そして目の前には外見からでは想像もつかない地下工場が建設された緑豊かな山!テクテクスタスタ・・・・・・②地点 どうやら、古い城跡の様です。 (´・∀・`)ヘーで、こっちのポストには・・・・・散策マップが入ってました♪♪ 一枚、戴きま...

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再生おじさん

再生おじさん

Author:再生おじさん
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