記事一覧

四街道 陸軍野戦砲兵学校跡

今から120年前の明治29年、千葉県四街道市の駅の北側に陸軍の野戦砲兵学校が移転してきました。現在は住宅街となっておりますが、チラホラと石碑とか遺構とかが残っています。各種遺構の位置関係(出典:国土地理院ウェブサイト USA-M44-A-5VV-327 1946年02月13日)幸いにも車は市役所の駐車場に停める事が出来ましたが・・・・実はおじさん、既に足腰がヘロヘロ状態でやんす・・・ヽ(;´Д`)ノツカレタゾー(9月9日の記事の銚子駅...

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下志津飛行場跡

下志津陸軍飛行学校・・・・この歴史についてはウィキに詳しく載っているのでリンクを貼っておきます。m(_ _;)mhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E5%BF%97%E6%B4%A5%E9%99%B8%E8%BB%8D%E9%A3%9B%E8%A1%8C%E5%AD%A6%E6%A0%A1さて、米軍資料はどうかというと・・・大正時代からある飛行場なので、色々と資料が出て来ます♪飛行機がずら~っと並んますなぁ~♪♪絵葉書もネットで見る事が出来ます♪♪アーカイブではこんな風に写っ...

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大網地下工場跡④(第Ⅰエリア第3工場+隧道跡?)

さてさて・・・・第1工場のすぐ北側200mの距離に、第3工場の穴が残っているハズです・・・確かこの門の先の・・・・溜池の奥の方のハズ・・・・・・(-д☆)キラッ(*・ω・)-ω-)・ω・)-ω-)ゥィゥィ♪ あの金網がそうですね♪♪ズームして見ると、穴の方向はやや右に向いている様ですなぁ・・・・( ・∀・)ノシ∩へぇ~この向きが丁度、穴の軸線上になるかと思われます♪え~っと、計画図も説明板の地図も、この穴のすぐ先に隧道が示されてますなぁ・...

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大網地下工場跡③(第Ⅰエリア第1工場)

さて、要図集に載せておいた、この計画図の・・・・第Ⅰエリアの第1工場・・・・この穴は、(立ち入り禁止の金網の中に)現存しており、グーグルアースの向きを計画図と合わせると、下側の3個のピンの位置になります♪♪方位を正しくすると、こんな感じです♪アーカイブを見てみると、確かに排土跡が写ってますねぇ~(出典:国土地理院ウェブサイト  USA-M50-109 1947年02月22日を加工)道路から一旦階段を上がり・・・・・すぐま...

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大網地下工場跡②(第Ⅰエリア第2工場?)

ちょいと画像が前後しますが、26日の記事(大網地下工場跡③)で紹介する予定だった、現地説明板の地図を先に・・・・・・(;^ω^)画は計画図で言うところの第Ⅰエリア第2工場の部分です・・・・この第2工場の西側の坑口・・・・・・地図的には、道路の下っぽいのですが・・・・・・グーグルアースのストリートビューで、道路脇に防空壕サイズの小さい穴が2つあるのが確認できるのです・・・( ゚Д゚)y \_ ポロッこの位置です (;^...

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大網地下工場跡①(資料編)

かつて、千葉県大網白里市に日立航空機千葉工場の疎開地下工場がありました・・・結構メジャーな跡地です。 (*・ω・)-ω-)・ω・)-ω-)ゥィゥィ♪が!何故か郷土史には全く書かれていません・・・・(調べ方が悪かったのかなぁ・・・(;^ω^))仕方が無いので米軍資料を。(出典:国立国会図書館デジタルコレクション 8816163の21~22、31~32コマ))そして、要図集にアップしてあるこの計画図ネット情報に寄りますと、宅地開発などでだいぶ...

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大網 大竹地区の謎の穴

大網の地下工場跡を探訪するにあたり・・・・事前に駐車ポイント等をグーグルアースで探していたところ・・・・・( ゚Д゚)y \_ ポロッうげっ! ここにも穴がある!!(赤矢印の写真) SUGEEEEEEE(゚Д゚)EEEEEEEEEEEEEE!!!! 日立航空機の大網地下工場から南西へ1kmの距離・・・・(;^ω^)モシカシテ・・・おじさん、ひょっとしたらこれも地下工場跡なのではないかと思い、現地を探訪してみたのです♪♪幸いにも、直ぐ近くに「大竹公民館」...

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東金 上田中の坑道陣地跡(後編)

入口付近のビックリアイテムはこれ位にしておいて・・・ポカッ(._+ )☆ヾ(-.-メ) ォィォィ坑道内を全部見て行きましょうかねぇ~♪♪早くも分岐が見えてますなぁ・・・・(;^ω^)(*-゙-)ウーン…T字路を右に曲がると、不思議な白いアイテムが・・・(;^ω^)フホウトウキ?まさかと思うけど使用済みじゃないよね・・・・(;^ω^)イヤダナァ・・・(*-゙-)ウーン…すぐに行き止まりですか・・・たぶん、直ぐ近くの分岐路を入ったところ・・・・(※2か月以上前の探訪...

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東金 上田中の坑道陣地跡(前編)

東金市史 通史篇下七(東金市役所、平成五年一二月二〇日発行)P967~969(一部省略) 先ず第一に、「上田中・油井付近の坑道陣地」であるが、これは片貝海岸から国道一二六号線に沿う上陸軍の最良の接近地点と考えて、これを直接制するため対戦車防御上、最重要視した陣地であった。 図のように、上田中の法光寺裏の地下に幅二メートル高さ一・八メートルの坑道を掘り、爆風等を考えて屈折した坑道とし、国道一二六号線...

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東金 御殿山③(観測所跡)

いよいよ、御殿山探訪のメインイベント♪観測所跡のコンクリ遺構でやんす♪♪それでは、毎度の如く郷土史関係を・・・ (;^ω^)東金市史 通史篇下七(東金市役所、平成五年一二月二〇日発行)P966東金拠点陣地の大要 東金拠点陣地は、九十九里沿岸地域のほぼ中央にあって、アメリカ軍の上陸地点と目されていた地点だけに九十九里浜沿岸地域における最重要拠点として作戦準備がなされた。 東金は江戸時代徳川家康が作ったとい...

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東金飛行場(豊成飛行場)跡地(資料編)

そう言えば・・・・東金飛行場の過去記事には、資料関係を載せていませんでしたね・・・(;^ω^)今更ですが、資料編でやんす・・・平和の礎  軍人軍属短期在職者が語り継ぐ労苦Ⅴ(平成七年三月三十日発行)P151~154【解説】から抜粋東金飛行場の建設 昭和十九年三月八日、何の前触れもなく数名の将校が山武郡豊成村(現東金市)の役場を訪問。戸田村長等に地図を示して、飛行場基地建設を半ば命令的に伝えたという。こ...

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東金 御殿山②(防空壕跡)

ワクo(´∇`*o)(o*´∇`)oワクまずは、門をジックリと♪♪う、うわ~ もう見えてる♪♪(*・ω・)-ω-)・ω・)-ω-)ゥィゥィ♪ 一応、おじさんも条件に当て嵌ってますよぉ~♪♪こりゃまた達筆な!(*´-ω・)ン?閉門は午後4時との事・・・・・・(・ω・;)(*´-ω・)ン? 御殿山私・・・? 下の方の文字が埋もれてしまっているのかな?では、早速一本目♪♪掃除道具入れになってますが、防空壕跡でやんす♪♪覗き込んで見ると、突き当たりでT字になっている様です♪うへへ...

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東金 御殿山①(東金城址)

八鶴湖の脇には東金城址(御殿山)があり、その登山道入口付近に防空壕やら蛸壺があり、(現在、蛸壺跡は埋もれてしまっていて良く判らない状態になっています)山頂には観測所がありました。これらは、米軍が九十九里浜に上陸してくることが予測され、その防御のために数多く構築された本土防衛陣地の一つです。さて、この御殿山・・・・元々が東金城という古城跡ですから、まずは城址の説明を少々・・・・・東金御殿跡 東金御殿...

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東金 八鶴湖③(百年桜)

春はさぞかし綺麗でしょうなぁ~何やら説明板がありますので見てみましょうか♪百年桜 東金高校は、平成二十(二〇〇八)年創立百周年を迎えた。 ある歴史家が言うに「過去は現在の光に照らして初めて私たちに理解できるものであり、過去の光に照らして初めて私たちは、現在をよく理解することができるものである」と。 元禄四(一六九一)年七月作成の絵図によると、本校の敷地には所謂「東金御殿」と呼ばれる建物群が建ってい...

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東金 八鶴湖②(八鶴亭)

ほほう~♪よくよく見れば木造三階建てですなぁ~今ではかなり珍しい、丸型ポストもありますねぇ~♪え~っと、説明板によりますと・・・・・国の有形重要文化財になっているとの事です ( ・∀・)ノシ∩へぇ~へぇ~国の登録有形文化財(建造物)  八鶴亭(本館・新館・宿泊館・浴室棟・ビリヤード棟)  登録日平成21年4月28日 八鶴亭(旧八鶴館)は明治期創業の老舗旅館で、東金市を代表する景勝地八鶴湖のほとりに所在するこ...

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東金 八鶴湖①

第二次世界大戦末期・・・・太平洋沿岸地域には、米軍上陸阻止用の防御陣地が数多く構築されました・・・・今も遺構が残っている場所も多く、その中の一つが八鶴湖の隣の御殿山でやんす・・・探訪直前までは、御殿山の穴やコンクリ遺構だけでいいやと思っていたのですが、来てみたら、色々観光的な見どころが・・・・(;^ω^)シリーズを「八鶴湖」と「御殿山」、そして「上田中の坑道陣地」の3つに分けてお届けします。m(_ _;)m記...

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再生おじさん

再生おじさん

Author:再生おじさん
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